第16回 日本循環薬理学会 2006年12月1日(東京)

カルシウムイオンによるRho、Rhoキナーゼ依存的なミオシン軽鎖ホスファターゼの抑制─PI3キナーゼ・クラスIIαの関与

吉岡和晃、Mohammed Ali Azam、多久和典子、杉本直俊、 Wang Yu、多久和 陽

(金沢大学大学院・医学系研究科 血管分子生理学)

【背景及び目的】カルシウムイオンは主要な平滑筋収縮制御因子であり、20kDaミオシン軽鎖(MLC)リン酸化を介して収縮をトリガーする。カルシウムによって引き起こされるMLCリン酸化は、もっぱらリン酸化酵素であるMLCKの活性化によるとこれまで考えられてきた。ところが、私達は最近、カルシウムがMLCを脱リン酸化する酵素ミオシンホスファターゼ(MLCP)の抑制を引き起こすことを見出した。この発見により、[Ca2+]iの上昇はMLCK活性化とMLCP抑制の二つの作用を介して、効率的にMLCリン酸化レベルの上昇、さらには平滑筋収縮を引き起こすことが明らかとなった。カルシウムによるMLCP抑制は低分子量G蛋白Rhoを介するが、私達は、カルシウムによるRho活性化にホスホイノシチド3-キナーゼ(PI3K)が関与していることを示す結果を得た。PI3K阻害薬に対する相対的な感受性や血管平滑筋に発現しているPI3Kアイソフォームの検討から、PI3KクラスII酵素(PI3K-C2α)の関与が示唆された。本研究では、RNAi法による遺伝子発現ノックダウンの適用が可能でありかつ収縮能を保持している分化型ラット血管平滑筋細胞(dRASM)を使用して、PI3K-C2αがカルシウムによるMLCP抑制に関与しているPI3Kアイソフォームであることを同定した。
【結果及び考察】 dRASM細胞にGFPを発現させて蛍光顕微鏡下で観察すると、イオノマイシン刺激に対して強い収縮を示した。PI3K-C2αを標的としたsiRNAを遺伝子導入した細胞では、コントロール細胞と比較してイオノマイシン刺激に対する収縮応答は強く抑制された。一方、PI3K p110α siRNA及びスクランブル配列siRNAを遺伝子導入した細胞ではコントロールと同様にイオノマイシンによる収縮が観察された。また、このイオノマイシン収縮は、PI3K阻害薬LY294002により強く抑制された。コントロール細胞でイオノマイシン刺激によりThr
695及びThr850両残基におけるMYPT1リン酸化レベルの上昇が見られたに対し、PI3K-C2α siRNAを遺伝子導入した細胞では何れの残基におけるMYPT1リン酸化もほぼ完全に抑制された。Rhoキナーゼ阻害薬Y-27632はイオノマイシンによるMYPT1リン酸化レベルを強く抑制した。更に、イオノマイシンはMLC Ser19一リン酸化及びThr18, Ser19二リン酸化を増加させた。PI3K-C2αノックダウンはMLCの一リン酸化、二リン酸化いずれも抑制した。GFP付加dominant negative Rho(N19-RhoA)の発現及びY-27632は、イオノマイシン収縮を抑制した。受容体アゴニストであるノルアドレナリン(NA)刺激もイオノマイシンと同様に、MYPT1リン酸化、MLCリン酸化及び収縮を惹起した。NAに対するこれらの応答はCa2+キレート剤であるBAPTA-AM前処理により有意に減弱した。PI3K-C2α siRNAは、NAによる収縮、MYPT1及びMLCリン酸化を抑制した。以上の結果より、PI3K-C2αは血管平滑筋収縮においてCa2+ 依存的なRho/Rhoキナーゼ経路活性化に必須であり、この作用を介してMLCPを負に制御していることが明らかになった。